『仮想通貨とWeb3.0革命』試し読み Vol.3
米大手暗号資産取引所「Kraken(クラーケン)」の日本法人 Kraken Japan 代表である千野剛司氏が、先日初の著書『仮想通貨とWeb3.0革命』を上梓した。古くから金融業界に身を置いてきた千野氏独自の視点で、これまでの暗号資産市場の歴史や、DAO、NFT、ステーブルコインほか、仮想通貨とWeb3をめぐる最新の動向を解説した書籍だ。千野氏は書籍を通じ、かつての仮想通貨大国だった日本がこれから復活の道があるのか、その課題や可能性について語っている。
「あたらしい経済」は本書の出版を記念して書籍の一部を「試し読み」として公開する(全3回)。今回は「第4章 NFTと仮想通貨の新勢力」の「3 悩めるイーサリアムの救世主とは」の内容を公開する。
第4章 NFTと仮想通貨の新勢力
「3 悩めるイーサリアムの救世主とは」より
PoSの「デカコーン」かイーサリアム連合軍か
先ほど紹介したイーサリアムキラー全てがPoSを既に本格的に採用しています。仮想通貨市場全体を見てもPoS銘柄の存在感は年々高まっており、機関投資家向けにステーキングサービスを手がけるステークド(Staked)によりますと、2021年終了時点で仮想通貨全体の時価総額に占めるPoS銘柄の割合は31%を記録しました。1年間での上昇率は127%です。ビットコインを除外すると、PoS銘柄の占有率は50%に到達します。
また、仮想通貨の時価総額ランキングトップ10で5銘柄、トップ100では25銘柄がランクインしました。未上場のスタートアップ企業で企業価値が10億ドルを超える企業をデカコーンと呼びますが、PoS銘柄で時価総額が10億ドルを超えるいわば「PoSデカコーン」は8銘柄も誕生しているのです。
2021年、イーサリアムの時価総額は415%も伸びました。これは伝統的な金融市場の常識から考えれば、驚くべき成長率です。しかし、2021年の時価総額トップ10だったPoS銘柄の時価総額の伸び率を見てみますと、ソラナは9446%、カルダノは530%、テラは1万502%、ポルカドットは413%であり、イーサリアムのパフォーマンスは相対的に見劣りしています。
しかし、悩めるイーサリアムに「救世主」が現れました。イーサリアムのレイヤー2ソリューションです。イーサリアムのレイヤー1が実際に取引記録をブロックチェーンに残す場所であるのに対して、レイヤー2は異なるレイヤーで取引の処理を行うことを可能にすることで、レイヤー1への負荷を減らします。ビットコインでいうところのライトニング・ネットワークがレイヤー2にあたります。
代表的なイーサリアムのレイヤー2は、アービトラム(Arbitrum)、オプティミズム(Optimism)、スタークイーエックス(StarkEx)です。イーサリアムを救うための連合軍と呼べるでしょう。レイヤー2を使うことで、取引記録の処理能力が向上しガス代を大幅に削減することができるようになります。
ステークドによると、ガス代の削減率はアービトラムは88%、オプティミズムは94%、スタークイーエックスが100%です。また1秒あたりの取引数は、イーサリアムが15回であるのに対して、アービトラムは最大2万回、スタークイーエックスは9000回です。
イーサリアムのレイヤー2には、イーサリアム2.0が完了するまで、イーサリアムへの需要をつなぎとめる役割が期待されています。PoSのデカコーン対イーサリアム連合軍の戦いは今後も注目です。
ビットコインはジョーカーか?
NFTの受け皿としてのブロックチェーンをめぐる争いとしてPoSのデカコーン対イーサリアム連合軍の戦いが注目されますが、こちらはいわば「メインシナリオ」です。実は、今のところ確度は低そうですが、シナリオはもう一つあります。ビットコインです。最終的にはビットコインが、この戦いを制するという見方があります。
これまで、ビットコインのブロックチェーン上で、NFTやDeFiなどのアプリを構築することは、容易ではないとお伝えしてきました。ただ長期的には、NFTなど分散型アプリの受け皿としてのブロックチェーンの争いで勝つのは、イーサリアムでもイーサリアムキラーでもなくビットコインという見方は一部ですが存在します。ビットコイン信者だけでなく、米資産運用大手のフィデリティも「ビットコイン・ファースト」というレポートの中で、ビットコインひとり勝ち説を一つのシナリオとして説いています。
「もし既存のブロックチェーンの上にアプリを構築することができるのであれば、利用者は普通は最も強くて安全なネットワークを好むでしょう。このため、そのような特性を持つ一つ、もしくは極めて少数のネットワークがデジタル資産エコシステムのシェアを総取りし、プレミアブロックチェーンとして選ばれる日が来るかもしれません。
その日が到来するとき、ビットコインは最も分散化されていて最も改竄耐性が強いブロックチェーンであることから、ビットコインが数少ない勝者の一つ、もしくは唯一の勝者になると考えられます」
ビットコインやイーサリアム、イーサリアムキラーなど複数のブロックチェーンが共存する状況はマルチチェーンの世界と呼ばれます。ここでは、ビットコインは引き続き価値保存手段としての役割を果たしつつ、イーサリアムとイーサリアムキラーがアプリの受け皿としてのシェアを分け合う世界観が想定されています。しかし、フィデリティはもう一つのシナリオとして「勝者総取り」の可能性も想定しており、ビットコインを最有力候補と見ているのです。
ビットコインの開発は時間がかかることで有名で、開発者も急激な変化を好みません。右記のシナリオは、仮に実現の可能性があるとしても、かなり先の話になりそうです。ジャック・ドーシー氏のWeb3否定発言と併せて、頭の片隅に入れておいてもよいかもしれません。
【column】ガス代とデータの大きさ
2021年よりイーサリアムのガス代高騰が業界における話題の中心になっています。
ガス代はイーサリアム上で取引する際に発生する手数料を意味します。例えば、イーサリアムの代表的なウォレットであるメタマスクを使ってイーサリアムのブロックチェーンで送金やスワップ(仮想通貨同士の交換)をする場合、2022年12月頃には1回1万円以上のガス代がかかっていました。
またNFTの場合、画像をブロックチェーンと統合するミントと呼ばれるプロセスを行う際にもガス代が発生します。
背景にあるのが、NFTやDeFiブームです。NFTやDeFiで一番使われるのがイーサリアムのブロックチェーンですが、取引記録を保管するブロックのスペースには限度があります。そこに利用者やプロジェクトが殺到した結果、取引の「渋滞」が発生し、ガス代が高くなったというわけです。限られたブロックのスペースをめぐって利用者がガス代の支払い料金で競い合う仕組みとなっており、需要が大きくなればガス代がつりあがることになります。
・VISAとイーサリアムの処理速度の違い
現在、イーサリアムの1秒あたりの取引(承認)件数は15件です。VISAは1秒あたり約1700件ですから、はるかに処理能力が低いことが分かります。一方、イーサリアムキラーの筆頭であるカルダノは1秒あたり250件、アヴァランチは4500件、ソラナに至っては5万件と計測されています。ちなみにビットコインは1秒あたり3〜5件です。
またイーサリアム上でブロックチェーンの取引ブロックが作られるのにかかる平均時間は、13・35秒です。こちらもアヴァランチの1・9秒やソラナの0・53秒と比べるとはるかに長いことが分かります。
ただ前記で説明した通り、イーサリアムは大型アップグレードの真っ只中にいます。イーサリアム2・0に移行したときの1秒あたりの取引件数は10万件と推定されています。また、イーサリアムのレイヤー2を見てみますと、例えばアービトラムでは1秒あたり最大2万件の取引件数があるといわれています。
現在のNFTやDeFiの開発者が積極的にイーサリアムキラーを使う背景には、イーサリアムより処理能力が圧倒的に高いことがあげられます。さらにソラナやアヴァランチなどは潤沢な資金源を背景に、イーサリアムの開発者やユーザーを自分たちのブロックチェーンに引き込もうと画策しています。
今後の注目点は、イーサリアムの大型アップグレードが予定通り進むのか? イーサリアムのレイヤー2がさらに存在感を出すのか? それともイーサリアムとイーサリアムキラーがある程度シェアを分け合うマルチチェーンの時代になるのか、でしょう。
(試し読み おわり →4章の他の試し読みはこちら)
書籍情報
『仮想通貨とWeb3.0革命』
千野 剛司(著)/日経BP 日本経済新聞出版
【内容紹介】
出遅れた我々に復活の道はあるのか?
2014年頃、日本には世界一のビットコイン取引所があった。2017年末に仮想通貨相場の盛り上がりを牽引したのも日本の投資家だった。その後、仮想通貨の「冬の時代」を経て、2020年末、米国を中心に世界が再び仮想通貨に目覚めた。しかし、かつての仮想通貨大国の日本は眠りについたままだった……。
DAO、NFT、ステーブルコインほか、仮想通貨とWeb3をめぐる最新の動向を解説。
米大手暗号資産取引所の日本代表だから語れる、金融とITの未来!
読者限定!書籍プレゼント
今回『仮想通貨とWeb3.0革命』千野 剛司(著)の出版を記念して、「あたらしい経済」読者の皆様に書籍『仮想通貨とWeb3.0革命』を抽選で10名様にプレゼントいたします。以下の応募フォームよりご応募ください。なお当選者の発表は賞品の発送をもって代えさせていただきます(応募締め切り:2022年7月25日23時59分)。
Source: https://www.neweconomy.jp/features/vcw3/243043